なぜ気球には舵が無いのか
気球は周囲の空気とまったく同じ速度で動く。だから風を感じないし、押すものが何も無い。方角は「どの空気の中に居るか」を選ぶことでしか得られない。
気球のバスケットに旗を立てると、どれだけ強く吹いていても真下に垂れます。気球は 風の中にあり、風とまったく同じ速度で動いているので、周囲の空気に対しては 完全に静止しているのです。
これがすべてを決める事実です。舵は、脇を流れていく空気を押すことで働きます。 気球では、脇を流れていく空気がありません。舵が押すものが無いので、気球に舵は ありません。誰も思いつかなかったからではなく、付けても何も起きないからです。
では、どうやって移動するのか
居る空気を変えることによってです。
風はひとつのものではありません。ある瞬間、頭上の空気は層になっていて、その層は それぞれ別の方角へ、別の速さで進んでいます。数百 m 上がるだけで、さっきより 20 度右へ動く空気の中に入れます。さらに数百 m 上がれば、もっと回ります。
気球の航法技術のすべてはこれです。層が何をしているかを見て、行きたい所に いちばん近いものを選び、その高度へ行く。
地面の近くでは、丘や木や建物との摩擦が風を遅らせ、上空の風から向きをずらします。 北半球ではこの効果によって、地表付近の風は上空の風に対して反時計回りにずれます。 つまり上がると進路はたいてい右へ、下がると左へ振れます。この 2 つを使うことを 気球乗りは「風の箱(ボックス)」と呼び、条件の良い朝ならこれだけで大まかな円を 描き、離陸地点の近くへ戻ってくることができます。
実際にはどう感じられるか
気球の飛行はルートではない、ということです。目的地へ線を引いてなぞることは できません。できるのは「今日の空が差し出す気があるものは何か」を問い、その 献立の中から最良のものを選ぶことだけです。
献立が豊かな日もあります。90 度に扇を広げた 4〜5 の層があって、時間さえ惜しま なければ届く範囲のほとんどどこへでも行ける。逆に、どの層も同じ方角へ吹いていて 選ぶ余地の無い日もあります。そういう日に残っている本当の判断は、そもそも飛ぶ かどうかだけです。
待つことは、技術である
気球でいちばん役に立つ技能は、操作ではありません。6 時の風は 9 時の風ではない と知っていること。今日は無い層が明日はあるかもしれないと知っていること。そして 「行きたい方へ吹いている風が無い」に対する正しい対応は、たいてい待つか、降りるか、 別の行き先を受け入れるかだと知っていることです。
これは制約を迂回しているのではありません。これが競技そのものです。